はじめに
会社の経営にはさまざまな業務が関与しますが、中でも事務的な業務を苦手とする経営者の方は多いはずです。そんな方だと事務業務を請け負ってくれる専門家へと依頼したいところですが、今まで依頼したことのない方であればどの専門家に相談していいものか決めかねることでしょう。会社の経営に関する事務業務であれば社労士(社会保険労務士)か税理士が適任ですが、具体的にはどのような部分で仕事内容に違いがあるのでしょうか。
この記事では社労士と税理士の使い分けについて解説します。社労士と税理士とでは専門とする分野がそれぞれ違うものの、中には重複する業務内容もあるものです。会社経営にとって身近である士業を効率的に活用するためにも、この記事でそれぞれの仕事について見ていきましょう。
1.社労士の仕事内容
会社を経営する上でヒト・モノ・カネの三要素が密接に関連していますが、社労士では主にヒトに関する業務を専門としています。
例えば社労士の業務内容でも1号から3号まで分類されており、その大まかな内容については以下のようになります。
・1号業務
従業員の入社から退社までの間に必須とされる、労災保険や雇用保険および社会保険などの届け出に関する業務
・2号業務
賃金台帳ならびに従業員の出退勤台帳の作成や、就業規則など従業員の雇用状況に関する書類の作成や届け出に関する業務
・3号業務
人事に関する労務問題のコンサルティング業務
これらの中でも特に1号および2号の業務については、社労士の独占業務とされています。この独占業務とは法律上で特定の職種の人間だけが関与できる特定の業務のことを指しており、これは社労士が国家資格であることに起因します。
もちろん税理士もまた国家資格であるため、税理士ならではの独占業務というものが別に存在します。その詳しい内容については次章で解説していきます。
2.税理士の仕事内容
前述した三要素の中でもカネに関する業務を専門とする税理士は、名前の通り税金に関する業務を独占することができます。会社経営にまつわる税金の計算やそれに関する書類の作成はもちろん、最近では会計業務のコンサルティングまで幅広く取り扱っています。
そんな税理士の主な業務としては、以下のようなものがあります。
・税務処理代行業務
税務署に提出する書類の作成および税金に関する業務全般
・税務相談
納税者の税金に関する、悩み解決のためのアドバイス
税理士は上記のような税務処理や書類の作成業務の他にも、会計業務に関する指導についても依頼することができます。ただし会計業務に関しては社労士と重複する仕事内容でもあるため、2号業務として規定されているような賃金台帳を作成することは法律に抵触する恐れがあります。
とはいえ賃金台帳を自社で作成しており、その内容に関するアドバイスや会計処理の代行作業となると税理士でも担当することができます。
税理士の業務は税金に関する業務全般というイメージが強いですが、最近では会計処理が複雑になったこともあり会計処理に関する仕事も依頼することができます。ただしそれぞれの独占業務については領域侵犯することは法律上で許されない行為であるため、頭の片隅にでも覚えておくといいかもしれません。
3.ダブルライセンスとは何か
社労士と税理士のどちらについても言えることですが、法律に則る形での事務業務を依頼できる以外にもコンサルティング業務まで幅広く担当できるため、やはり重複する仕事内容も多いものです。
どちらの資格についても国家資格であるため、資格を取得するだけでも難しいとされています。しかし、近年では資格取得した社労士ないし税理士の人員が多くなるあまり、同業者同士での競争が激化しています。そのため人数こそあまりいませんが、ダブルライセンスを謳う社労士ないし税理士が散見されます。
ちなみにここで言うダブルライセンスとは、社労士および税理士の資格の両方を取得している専門家のことを指します。地域によっても開業している社労士や税理士が多い地域もあれば、少ない地域までさまざまです。特に社労士と税理士のどちらか、あるいは両方が少ない地域ではダブルライセンス持ちは重宝されます。
経営者としてもヒトとカネに関する業務全般をワンストップで依頼できるため、専門家を探す時間や手間を省けます。また、手数料や月々の報酬についても、2ヶ所の事務所に依頼するよりかは安く抑えることができます。
会社を経営している地域の近隣にダブルライセンス持ちの専門家がいれば、利用しないに越したことはありません。ただ人口的にもそれほど多いとは言えないので、仮に見つかったなら積極的に依頼を検討してみるといいでしょう。
4.良い社労士選びのポイント
仮にダブルライセンス持ちの専門家が近隣地域に見つからなかった場合を想定します。ダブルライセンスではない以上、税金に関する悩みと労務に関する悩みが同時にあるのであれば社労士と税理士をそれぞれ探す必要があります。
ただ資格持ちであるからといって必ずしも良い業者であるとは限りません。この章では良い社労士選びのポイントについて紹介しておきます。
4-1.専門領域が自社のニーズと重なるか
全ての社労士が資格取得に必要な知識を身につけているとはいえ、それぞれに得意・不得意分野が違います。そのため社労士を探す際には自社のニーズとその社労士の専門領域が重なるか、事前に確認しておく必要があります。何を得意としているかについては各事務所のホームページに書いてあるため、社労士探しの際にはぜひ確認しておくといいでしょう。
各事務所に所属する社労士がどのような部分に強みを持っているかを見分けるには、以下のような文言を探すといいかもしれません。
①成長段階ごとの得意分野
創業期に強い、成長期に強い、衰退期に強いなど
②業種や規模による得意分野
サービス業に強い、建設業に強い、製造業に強いなど/従業員100人規模に強い、従業員1,000人規模に強いなど
③分野ごとの得意分野
社会保険に関する手続きが得意、労務トラブルに強い、退職金制度に強いなど
4-2.社労士と相性が良いか
会社経営者であれば分かると思いますが、取引先の担当者と相性が悪いとなかなか思うように仕事が進まないことがあります。社労士についても同じことが言えるのですが、人間的な部分の相性が悪いと、意外と腹を割って悩み相談するまでにはいかないものです。
社労士に依頼する前にまずは電話かメールで連絡し、その後予約をして直接会うのが一番分かりやすいです。会話することで分かる相手の印象から、「この人なら信頼できそうだ」という感覚があれば本題を切り出すくらいの選び方で特に問題はありません。
社労士を選ぶポイントは仕事の得意分野と人間性を確認することにあります。それでは対する税理士はどのような観点で選ぶといいのでしょうか。
5.良い税理士選びのポイント
社労士選びと重複するポイントもありますが、良い税理士選びのポイントとしては以下のようなものがあります。
5-1.他の士業とのネットワークがある
社労士と税理士はどちらも士業という業種に分類される訳ですが、良い士業であれば他の士業ともネットワークがあるものです。税理士はあくまでも税金に関する専門家であるため、会計処理まではできても賃金台帳の作成や社労士の業務内容に重複する部分は依頼することができません。
普段は労務に関する悩みがない会社でも、突発的に悩みが出てくることもあるかもしれません。そうした時に他の士業とのネットワークがある税理士であれば、会社の悩み相談をすることで良い社労士やその他の士業を紹介してくれる可能性があります。人脈のある税理士はいざという時に頼れるので非常に心強いです。
5-2.事務所の規模で対応が変わる
税理士事務所の規模も各事務所によってまちまちですが、事務所の規模によっても対応が変わります。
例えば大規模事務所の場合であれば、税理士に直接相談ないし会社を訪問してもらうことは難しい側面もあります。その代わりこれまでの依頼において蓄積したノウハウがあるかもしれません。また、例えば小規模事務所であればフットワークが軽く、対応力は高い可能性があります。ただし人数が少ないために仕事内容のチェック漏れがないとは言い切れません。
無形サービスに関しては、公式ホームページで見たり直接会った程度では分からない部分が多々あります。そうした場合には実際に依頼してみる他ありませんが、要は経験豊富な税理士がそこにいて直接会って相談できるのであれば検討する価値はあるでしょう。
税理士についても人間性は大事で、直接会ってその人柄を確かめることはしておくに越したことはありません。大規模事務所では対応者次第という部分もありますが、まずは人柄で判断してもいいとは思います。
6.年末調整はどちらに依頼するべきか
ここまでは社労士と税理士のそれぞれで紹介しましたが、これらの士業の業務範囲が特に重複してしまう時期があります。それが年末調整です。
年末調整では税金に関する悩みもあれば、労務に関する悩みもあります。会社としてもそれぞれの事務所を探すよりは1ヶ所だけで終わらせたいと思うものです。
この時期の業務については以前から社労士と税理士との間で論争がありましたが、2016年に「社会保険労務士が年末調整事務を行うことは、税理士法第52条(税理士業務の制限)に抵触する」という観点で両者の合意がなされています。
年末調整で必須の「源泉徴収票」や「法定証書」などの作成を社労士に依頼できないとする一方で、給与額や保険料の計算を社労士に依頼することについては特に法律違反ではないという見解に落ち着いたようです。会社の経営でよくある悩みが年末調整に関することなので、この点も押さえておくといいでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。社労士と税理士とでは法律的に業務範囲が区別されるものの、重複する部分があることも確かです。ひとまずヒトに関する業務は社労士、カネに関する業務は税理士に頼めばいいと覚えておけばまず問題ありません。